簿記の誕生からファイナンスの進化まで。約500年に渡る「会社」と「数字」の歴史を、細かい数字をいっさい使わずに記した『会計の世界史』（日本経済新聞出版社刊）がベストセラーとなっている。時代ごとに「絵画」「発明」「名曲」を切り口として、会計の歴史をエンタテインメントに昇華した本書は、いかにして書き上げられたのか？ そして経理業務の未来と人材の在り方とは？ 本書の著者で、数々の著書や講演でも知られる公認会計士の田中靖浩氏に話を聞いた。

田中公認会計士事務所所長、東京都立産業技術大学院大学客員教授
田中靖浩（たなか やすひろ）
1963年生まれ、三重県四日市市出身、早稲田大学商学部卒業。外資系コンサルティング会社などを経て独立。田中靖浩経営コンサルティング、会計セミナーといった堅めの仕事（A-side）から、 落語家・講談師との公演など柔らかい仕事（B-side）まで幅広く活動中。経営・会計の基本から最新動向を真面目にポップに、ときには笑いを交え変幻自在に解説する。書籍執筆、新聞・雑誌連載、ラジオ・テレビ出演など多数。

数字がいっさい出てこない「会計エンタテインメント本」誕生の過程

――昨年上梓された『会計の世界史』が、会計を扱った書籍としては異例のベストセラーになっています。具体的な数字や制度の説明がいっさい出てこないだけでなく、レオナルド・ダ・ヴィンチやマイケル・ジャクソンなど会計とは結びつきそうにない人物が次々に登場する、従来の会計本とは明らかに一線を画したエンタテインメント性の高い内容となっていますが、このコンセプトはどのような過程を経て固まっていったのでしょうか。

田中靖浩氏（以下、田中）　現代は「お金の獲り合い」以前に「時間の獲り合い」が激化しています。本が売れない、本が読まれないと言われるのは、本を読むという行為に時間がかかるからです。そういう時代に、ただでさえ面白くない会計の話を既定路線で書いて、最後まで読んでもらうことは非常に難しい。そこで、細かい数字の話をいっさい使わない、人や文化が前面に出た会計の歴史書を書こうと思い立ちました。

ただ、そこに至るまでには紆余曲折がありました。当初は「会計の全体像を描く」というコンセプトで、簿記、ファイナンス、経営分析、管理会計など細分化が進む会計の世界を解きほぐして説明する、いわばテーマパークで最初に受け取る全体マップのような本にするつもりでした。しかし、それぞれの成り立ちを説明するには、個々にまつわる歴史と地理を整理することが欠かせない。それで歴史書というフォーマットにシフトチェンジし、およそ500年前の簿記の誕生や世界初の株式会社であるオランダ東インド会社の設立などを順に書いていったのですが、これが自分で読んでいてまったく面白いと思えない（笑）。「人間のにおい」が感じられなかったからだと思います。

会計はそもそも人間性を取り払い、数字だけを「結果」として扱う世界ですが、会計制度が確立される過程においては様々な人間的なドラマがあったはずです。そこで会計という分野とは対極に思えるアートや音楽のトリビアを導入として使い、それらの作品やアーティストと会計の意外なつながりを時代の空気感とともに描けばオリジナルな読み物になるのではないかと考えました。「まくら」の長い落語のような、平易で入りやすい文体を用いることも執筆前から意識していました。

また、こういったジャンルの本としては珍しく、執筆の前段階からデザイナーさんとイラストレーターさんにもプロジェクトに関わってもらい、ビジュアルを重視した本づくりを目指しました。どうやったら「読まれる本」になるか。私が望んだのは、会計の本を探しに書店に来た人に、2秒で強烈な「違和感」を与えられる本。よくある会計本のように数字やグラフが並ぶのではなく、絵画やアーティスト、ハリウッドスターたちの写真がページを飾り、地図や表組にも遊び心が感じられること。そういう思いをチームワークで具現化できたのは大きな喜びです。